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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和49年(ワ)19号 判決 1975年10月29日

原告

柿沼武男

ほか三名

被告

菅谷一重

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  原告ら訴訟代理人は「被告らは各自原告柿沼武男に対し金一八四万八、四五一円、同柿沼寅夫、同高嶋愛子、同内田文子に対しそれぞれ一五四万八、四五一円およびこれらに対する本訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二  被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

訴外柿沼千代子(以下被害者という。)は昭和四八年三月三一日午前一一時五分ころ千葉県印旛郡八街町八街ほ三一六番地先の道路を横断中、被告菅谷益義(以下被告益義という。)が運転する貨物自動車(千葉さ五〇八三号、以下加害車両という)に衝突され、脳挫傷の傷害により翌四月一日午後七時一〇分死亡した。

2  責任原因

(一) 被告菅谷一重(以下被告一重という。)は、本件加害車両を所有し、自己の運行の用に供していたものであり、自賠法三条により本件事故にもとづく被害者の死亡による損害を賠償する義務がある。

(二) 被告益義は加害車両を運転し、本件事故現場付近の交差点を左折した際、前方注視不十分のため道路横断中の被害者を発見するのが遅れ、衝突するに至つたもので、民法七〇九条により被害者の死亡による損害を賠償する義務がある。

3  被害者の逸失利益

(一) 被害者は事故当時五三歳で長男である原告柿沼武男とともに農業を営み、田六〇アール、畑一六〇アールを耕作し、別紙のとおり年間少なくとも金二四七万円の収益を得ていた。右収益のうち被害者の寄与相当分は四割を下らないから、右収益を基準として被害者の逸失利益を算定すると次のとおりである。

年間収益 金九八万八、〇〇〇円

生活費控除 五割

年間純益 金四九万四、〇〇〇円

就労可能年数 六七歳まで一四年間

ホフマン係数 一〇・四〇九

過失利益現価 金五一四万二、〇四六円

右金額は昭和四九年度における女子労働者の平均年間給与額による算定額より控え目の金額である。

(二) 右の他被害者は恩給(公務扶助料)受給権者として、金二四万円の年金を受給していたが死亡により受給権を喪失した。就労可能期間一四年間における年金受給権の喪失による逸失利益現価は金二四九万八、一六〇円である。

被害者の逸失利益は右(一)、(二)の合計金七六四万〇、二〇六円となる。

4  原告らの損害

(一) 慰謝料

原告らはいずれも被害者の子であり、戦死により夫を失なつた被害者の女手一つで養育され、原告らがそれぞれ独立して家庭をもち子供をもつたのちも、被害者はよき母、よき祖母として愛されてきた。被害者は長男原告武男とともに農業を営むことを無上の喜びとしていた。この母を失なつた原告らの精神的苦痛は甚大であるので、原告らに対する慰謝料の額は各自金一〇〇万円を下らない。

(二) 葬儀費

原告武男は被害者の葬儀関係費として金三〇万円を出費したので、同額の損害を受けた。

5  相続、損益相殺

原告らはいずれも被害者の子として被害者の前記逸失利益金七六四万〇、二〇六円の損害賠償請求権を法定相続分の割合である四分の一宛、すなわち金一九一万〇、〇五一円宛相続した。原告らは自賠責保険金四五二万円を受領しているので各自の損害賠償請求金額から金一一三万円宛控除する。

6  そうすると、原告らの被告らに対する損害賠償請求権の額は、原告武男は金二〇八万〇、〇五一円、その余の原告らはいずれも金一七八万〇、〇五一円となるところ原告らは右各損害金の内金として請求の趣旨記載の金額およびそれらに対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)のうち被告一重が加害車両を所有し、運行供用者であることは認め、その余は争う。同2の(二)の事実は否認する。被告益義に過失のないことは後記三被告らの抗弁1に記載のとおりである。

3  同3の(一)の事実は不知。同3の(二)の事実は争う。

4  同4の(一)のうち原告らが被害者の子であること。原告らが精神的苦痛を受けたことは認めるが、その余は争う。同4の(二)の事実は認める。

5  同5のうち自賠責保険金四五二万円を原告らが受領したことは認める。被害者の逸失利益額は争う。

6  同6は争う。

三  被告らの抗弁

1  免責(被告一重につき)

被告益義は加害車両を運転して千葉方面から三里塚方面に向けて通称西村十字路(交差点)を経由して本件事故現場に至つた(事故現場の状況は別紙図面のとおり。)。

被告益義は右十字路において対面進行してきた自動車が右折したので、一時停止してその通過を待ち、ついで時速約四〇キロメートルの速度で直進し、対面進行してきた二台の自動車とすれちがつた。その後さらに対面進行中のダンプカーとすれちがつた直後、そのダンプカーの背後から被害者が右から左にかけ足で横断したのを発見したので急ブレーキをかけるとともに、右にハンドルを切つたが及ばず、加害車両左前部を被害者に衝突させたものである。事故現場から加害車両の進行方向からみて三〇メートルの地点には横断歩道が設置されており、折柄同所の信号機は青色の信号であつたので、被告益義は対面進行中の車の背後から飛び出し横断する者がいるとは予見しえなかつたものであり、またそれを予見する義務もなかつた。また、被告益義が被害者を発見したのは、三、四メートル前方においてであつて、時速四〇キロメートルで進行していた被告益義には結果発生を回避する可能性もなかつた。本件事故は信号を無視し、横断歩道でもないところを、進行中の車の背後から道路に飛び出した被害者の過失によるものであり、運転者たる被告益義には過失はない。さらに本件事故当時加害車両には構造上の欠陥も、機能障害もなかつたので被告一重には運行供用者責任はない。

2  過失相殺

かりに被告益義に過失があり、もしくは無過失でないとしても被害者には前記のような過失があるので、被告らの責任は過失相殺されるべきである。

四  抗弁事実に対する答弁

1  抗弁1の事実中、被告ら主張の事故発生状況、被告益義の無過失の主張は争い、被害者が横断歩道外を横断したことは認め、同人に過失があつたことは否認する。加害車両に構造上の欠陥も機能障害もなかつたとの点については不知。被告益義は本件事故現場から千葉方面へ約三〇メートルの距離にある通称西村十字路の交差点の信号機の対面信号が赤信号か黄信号のときに右交差点に進入したものであり、被害者は、被告益義の対向車線で数台の車両が信号により交差点の手前で停止しているのを確認して横断を開始したものであり、被害者としては信号を無視して交差点を通過してくる車両があるとは予測できなかつたものである。

2  抗弁2の過失相殺の主張は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故現場の状況

請求原因1の本件事故が発生したことは当者者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、現場の状況は次のとおりである。本件事故現場は千葉市方面から八街、横芝方面へ東西に通ずる市街地内の県道上であり、成田市方面から東金市方面に南北に通ずる道路との交差点(通称西村十字路)から西方約二八メートルの地点である。事故現場から右交差点方面へ向けて約二四メートルの地点(交差点の入口付近)に横断歩道が設置されており、右交差点には信号機による交通整理が行なわれている。事故現場付近の道路は車道の幅員五・八メートル、上下二車線のアスフアルト道路でセンターラインが引かれ、両側には幅員一・二メートルの歩道がある。右交差点から事故現場付近までは直線で見とおしはよい。

二  事故の態様

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。被告益義は加害車両を運転して千葉市方面から横芝方面に向つて前記西村十字路の交差点を通過して時速約四〇キロメートルの速度で進行していたところ、被害者が歩道から対向車線上〇・七メートルの地点から進路前方に向つて、すなわち、右から左へかけ足でほぼ道路に直角に横断しようとしていた被害者を発見し、ただちに急ブレーキをかけ、ハンドルを右に切つたが及ばず、右交差点から約二八メートルの自車進路上でセンターラインから一・二五メートルの地点において、自車前部左側バンバー付近を被害者の左肩付近に衝突させたものである。被告益義が最初被害者を発見したのは丁度対向車(ダンプカー)とすれ違う際、もしくはすれ違つた直後である。また被害者が横断を開始しはじめたのも右対向車が被害者の前を通過した直後である。被害者は横断するに際し左右を確認した様子であつたが、最後は右方面(東方の横芝方面)の安全を確認したが、さらに左方面(西方の千葉市方面)の安全を確認しないまま横断を開始して本件事故に遭遇した。被告益義の進路上には長さ一一・六メートルのスリツプ痕二条が進行方向左側から右側の方向に向けてほぼ直線上に残つている。右スリツプ痕はその位置、態様からして被告益義の運転した車両の左後輪(ダブルタイヤ)のスリツプ痕である。そして右衝突地点は右スリツプ痕の約三分の二の長さの地点に位置している。そして被告益義が最初に被害者を発見した地点(乙第一号証添付図面<一>点)と被害者のいた地点(点)との距離は右斜前方一一・五メートルであり、被告益義が急ブレーキをかけながらさらに、一〇・三メートル進行した地点でかけ足で横断してきた被害者と<×>点で衝突したものである。

三  被告益義の過失の有無

前記認定の事故現場の状況、事故の態様からも明らかなごとく、被告益義は加害車両を運転して時速約四〇キロメートルの速度で進行中のところ、対向車線上である右斜前方一一・五メートルの地点から進路前方を右から左に横断しはじめた被害者を発見してただちに急ブレーキをかけて事故を避けようとしたが及ばなかつたものであるが、被告益義が加害車両を時速約四〇キロメートルで運転していたこと、被害者を発見した地点から一〇・三メートル進行した地点で進路前方を横断中の被害者と衝突していることからして、少なくとも右状況下では本件事故は不可避であつたといわなければならない。ただ、被告益義には次の過失を問題としなければならない。

1  被告益義はもつと早期に被害者を発見すべきではなかつたかの点が問題であるが、被告益義が被害者を最初に発見したのは対向してきたダンプカーとすれ違う際、もしくはすれ違つた直後であつて、状況としては対向車線の側から進路前方を横断しようとする者の存在に気づくのは困難であることが推認されるし、被告益義において被害者をもつと早期に発見することが可能であつたとしても、被害者の動静にたえず注意して、被害者が対向車の直後から横断するのに備えて減速、徐行する義務を課することは、自動車の機能を根本的に阻害することとなり、そこまで自動車運転者に予見義務を課すことはできない。したがつて、被告益義に前方不注視あるいは減速徐行義務の各注意義務違反があつたとは認められない。

2  原告は被告益義が西村十字路の信号を無視して進行した過失があると主張する。被告益義が西村十字路の信号を無視したかどうかは必ずしも認定しえない。しかし、たとい被告益義に信号無視があつたとしてもそのことは本件事故とは因果関係はない。けだし、かりに西村十字路の東西の道路が赤信号であつたとしても南北の道路からは右折、もしくは左折して本件事故現場の道路に進行してくる車両のあることは当然予想可能であるから、その際被害者が本件のごとき態様で横断を開始すれば、同じく事故の可能性があるからである。もつとも、被害者が西村十字路の横断歩道上、もしくはその近辺を横断しようとしていたのであれば、別論であるが、本件事故現場は横断歩道から約二四メートル離れた地点であつて、もはや交差点の交通を規制する信号機の規制対象外の地域である。

以上のごとく本件事故は被告益義の過失によるものではなく、むしろ被害者が被告益義の運転する車両に注意せず、その直前を横断しようとした過失によるものであるから、被告益義に本件事故の責任はない。

四  被告一重の責任の有無

被告一重が加害車両の運行供用者であることは当事者に争いがない。本件事故につき運転者である被告益義に過失がなく、むしろ被害者の過失によるものであることは前認定のとおりである。しかも加害車両には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたことは〔証拠略〕により認められ、右認定に反する証拠はない。そして運行供用者である被告一重に加害車両の運行について過失がなかつた点については被告一重において主張、立証はしていない点であるが、本件事故につき被告益義に過失がなく、被害者の過失によるものであることからして、被告一重に加害車両の運行につきなんらかの過失が考えられるとしても、その過失は本件事故と因果関係があるとも考えられないから、あえて主張がなくとも、自賠法三条但書の免責の要件の主張を欠いたとはいえない。そうすると、被告一重は自賠法三条但書により免責され、被告一重に本件事故による責任はない。

五  そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原告らの被告らに対する請求はすべて理由がないから棄却することとし、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 政清光博)

別紙図面

<省略>

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